写真は、左からDr. Kocher, Dr. Yamashita, Dr.AyeniそしてIvanです。
私のスポーツ整形外科の道を切り拓いてくださったのは、4人の整形外科医です。医学生6年時にハーバードメディカルスクールのボストン小児病院で関節鏡に出会わせてくれたDr. Mininder Kocher先生、シカゴからはるばるボストンにセカンドオピニオンにやってきた青年が白い靴下を履いていたら、「なんで赤い靴下を履いてこないんだい?」と優しく声をかけていたのが印象に残っています、そうシカゴのホワイトソックスを履かないで、ボストンのレッドソックスを履いてくれよ、というジョークです、ボストンレッドソックスは、元巨人ジャイアンツの上原選手がクローザーとして神がかった活躍を見せた球団です。

医師3年目からは、京都下鴨病院の山下文治先生の元で、まさしくマンツーマンの指導をいただき、今も私の骨折学は山下文治先生の礎の下にあり、私のスポーツ整形外科医人生をスタートさせてくれました。京都パープルサンガの会場ドクターから、サッカー選手のメディカルチェックを通して第5中足骨の疲労骨折の発表(Journal of Foot & Ankle Surgeryという国際誌に掲載されています)、また、山下文治先生は、膝の軟骨損傷の治療法OAT(軟骨柱移植術)の第一人者でもあり、国際的にも伝説的な先生です。山下文治先生にISAKOSに連れて行ってくださり、Dr. Olufemi Ayeniと会食をして、私のMcMaster大学院入学の大きな一歩となりました。

そして、McMaster整形外科大学院のDr. Olufemi Ayeniは気がついたらJournal of ISAKOSのEditor-in-Chiefになっていて、もう手がつけられないビッグネームになっていました。Dr. Ayeniほど人格者で社交性が高く、バランス能力が抜群に良い外科医に出会ったことがありません。私の患者さんに接するスタイルの模範であり、人生のロールモデルです(といってもDr. Ayeniと私は月とスッポンですが、楽しく長野の空気を吸って自分の夢を追いかけています)。

そして、Dr. Olufemi Ayeniの直接電話のお陰で、5分でポジションが決まったダルハウジー大学スポーツ整形外科のボスDr. Ivan Wong先生です。彼の肩関節鏡は衝撃的に簡単そうに、シンプルに、そして、スッキリと行っていて、今でも彼の手術ビデオを見返し、勉強しています。今や彼は、名実共に肩脱臼手術の分野では、Dr. Laurent Lafosse、Dr. Pascal Boileauに並ぶ三銃士となり、Dr. Ivan Wongの弟子という枕詞なしでは、今の私はありません。

このような4名の名医のもとでトレーニングできたことは、スポーツ整形外科医トレーニングとしては最適解であり、実は、この道をガイドしてくださったのが、私のメンターDr. Soshi Uchida先生なのです。内田宗志先生との出会いが私のスポーツ整形外科医人生の分岐点でした。北九州の産業医科大学若松病院を本拠地に、京都下鴨病院やAR-Ex尾山台整形外科で診察されています。2025年12月28日昨年最後のAR-Ex尾山台整形外科の土曜日外来の時に内田先生と一緒に撮ったスナップショットです、隔週土曜日AR-Ex尾山台整形外科では、内田先生と私の併診でスポーツ整形外来を行っています。その時は100名を超える患者さんが来られ、大変なことになっていますが、難しい症例は、隣で外来をされている内田先生と相談しながら治療方針を決定しますので、熱気に満ちたAR-Ex尾山台整形外科土曜日外来にいらしてください。



